すべてを含むキリスト(4)良き地の良さ ― その計り知れない豊富(1)― 水

第4章 良き地の良さ ― その計り知れない豊富(1)― 水

 地はその計り知れない豊富において良いのです。まず、この地は水に富んでいます。

泉、源泉、流れ

 申命記は、その地が水において良いと言っています。用いられている異なる用語をよく聞いてください。「そこは水の流れ……があ……る地」(それは水の流れに満ちた地を意味します)、また「泉、源泉があ……る」地です(8:7)。井戸には常に泉があります。井戸の下、すなわち井戸の底には、井戸に水を供給する水の泉があります。水はその泉から出て井戸を満たし、「源泉」あるいは「深い水」となります。そしてこの深い水から、流れがあります。泉、そして源泉である深い水、そして流れがあります。泉、深い水、流れです。

 主はわたしたちに、彼を信じる者の最も内なる所から生ける水の川々が流れ出ると告げられました。これは生ける水としてのキリストの命の供給です。あなたの経験を振り返ってそれを注意深く考えるなら、キリストの命の供給はあなたの内側でまさに生ける水のようであることを認識するでしょう。多くの時あなたは渇きます。それは霊における渇きです。あなたは渇いて主に来て主と接触するとき、元気づけ、潤されたと感じます。あなたの内側から流れが流れ出るのです。

 あなたの内なる人が乾き、渇いているとき、主に来て、主と接触し、元気づけられます。そしてあなたは主と接触すればするほど、潤されるだけでなく、満たされ、水で満ちるのです。それはあなたの内側から流れ出る流れです。そして夜あなたは集会に来るとき、歌いながら来て、元気づけられて来ます。あなたは直ちに賛美、あるいは祈りをささげます。それは、生ける流れがあなたの内側から流れ出るようです。兄弟姉妹はみなあなたの祈りによって潤されるでしょう。

 わたしたちは泉、源泉(淵)、流れを持っています。源泉は源であり、淵は蓄えであり、流れは流れ出ることです。わたしたちは源、蓄え、流れ出ること、すなわち源泉、淵、流れを持っています。

 この地にはただ一つの流れだけではなく、多くの流れがあり、ただ一つの泉と一つの源泉だけでなく、多くの泉と源泉があります。ときどきあなたは困難や試練に悩まされるとき、主と接触し、主から何かを受けます。あなたは試みの中で主を泉として、源泉として、流れとして経験します。ときにはあなたは彼を喜びの泉として、平安の泉として、慰めの泉として経験します。ときには彼を愛の源泉、恵みの源泉、光の源泉として経験します。また他の時には、キリストはあなたにとって忍耐の流れ、へりくだりの流れ、謙虚温柔の流れです。このように、多くの泉、多くの源泉、多くの流れがあります。多くの種類の天的な供給があるのです。

 これは多くの流れの中の一つにすぎません。知恵の流れ、理解力の流れ、光の流れ、愛の流れ、慰めの流れ、平安の流れ、喜びの流れ、祈りの流れ、賛美の流れがあります。わたしたちはまさに生ける流れが流れ出るように、他の人を愛することができます。わたしたちの忍耐は流れのように絶えず流れ、わたしたちは他の人を潤します。

谷間と山々

 申命記は、これらの水が谷間と山々から流れ出ると言っています。谷間と山々がなければ、水は流れません。もし全地が平らであるなら、水の流れはないでしょう。

 コリント人への第二の手紙第6章8節から10節で、パウロは多くの対照的な事物、多くの山と谷間を述べています。「栄誉と恥辱を通して、悪評と好評を通して、神の奉仕者として自分自身を推薦しているのです.わたしたちは惑わす者のようでも、真実であり、知られていないようでも、よく知られており、死にかかっているようでも、見よ、生きており、懲らしめられているようでも、死に渡されておらず、悲しんでいるようでも、常に喜んでおり、貧しいようでも、多くの者を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを所有しています」。

 「栄誉」は山であり、「恥辱」は谷間です。「悪評」は谷間であり、「好評」は山です。「悲しんでいるよう」は谷間、「常に喜んでおり」は山、「貧しいよう」はまた別の谷間、「多くの者を富ませ」は山です。ある人たちは、パウロが惑わす者であると思っていました。しかし彼は、「惑わす者のようでも、真実で」あるのです。谷間と共に山がありました。これらの節で、少なくとも九つの対、九つの谷間と九つの山があります。これらはそこから水が流れる場所です。

 使徒パウロは言いました、「わたしは……学んだ……卑しくなる道……豊かになる道」(ピリピ4:11-12)。彼は秘訣を学びました。彼は飽くことも飢えることも知っていました。その秘訣は何でしょうか? おお、その秘訣は、キリストご自身が内側を流れておられるということです。わたしは学び、教えられ、入門しました。わたしはわたしの内側におられる生けるキリストを知っています。

 すべての谷間は十字架の経験、キリストの死の経験であり、すべての山は主の復活の経験です。谷間は十字架であり、山は復活です。わたしたちは常にいくつかの問題、いくつかの谷間を持つ者でなければなりませんが、また常に山々におり、復活の経験の中にいる者でなければなりません。谷間があるときにはいつも、山があります。あなたは十字架の死を経験するときはいつも、復活を経験します。生ける水はこれらすべての経験から流れ出てきます。

 申命記第8章7節は、そこで水が「谷間と山々に流れている」と言います。まず谷間であり、次に山々です。それは、あなたが流れる水と最初に接触する場所は谷間であるからです。そして、流れをさかのぼってその起源に至ると、それが山々から湧き出ていることを見いだします。流れは谷間にありますが、泉は山々にあります。あなたは内側から流れ出るものを持って他の人を潤すなら、谷間にいるに違いありません。

主の目

 すべての生ける水、すべての流れは天から来ます。同じ箇所で、この地は主が尋ねておられる地であると告げられています。「エホバ・あなたの神が探しておられる[ヘブル語――探し求めておられる]地である」。神はこの一画の良き地を探し求めておられるのです。「年の初めから年の終わりまで、エホバ・あなたの神の目が常にその上にある」。あなたがキリストと接触しているとき、キリストを享受し経験して、彼の命があなたの内側から流れ出ているとき、あなたは神の臨在の何と深い感覚を持つことでしょう! 神の臨在はあなたにとってとても真実です。あなたは、自分は神が尋ねておられる者、神が顧みておられる者であることを認識します。あなたは年の初めから年の終わりまで、神の目があなたの上にあることを経験します。それはただ、あなたがキリストの中におり、キリストを享受しており、キリストを経験しているからです。あなたは実際的にキリストと結合されているので、キリストを生ける水として経験するだけでなく、神の臨在を享受します。神の目は絶えずあなたの上にあります。神が探し求めておられるものはこの一画の良き地です。あなたはこの良き地の内側に住み、その豊富を享受しなければなりません。そうすれば、神の目の伴う神の臨在を獲得するでしょう。

 地は水において豊富です。それは水の流れ、泉、深い水があり、谷間と山々に流れている地です。(「すべてを含むキリスト」、第 4 章より抜粋)


JGW 日本福音書房の許可を得て掲載しております。

さらにお読みください:申命記8:7.11:11-12と12節フットノート1

申命記8:7
申命記8:7 それはエホバ・あなたの神が、あなたを良き地に導こうとしておられるからである.そこは水の流れ、泉、源泉があり、谷間と山々に流れている地であり、

申命記11:11-12と12節フットノート1

申命記11:11-12 しかし、あなたがたが渡って行って所有しようとしている地は、山と谷の地である. それは天の雨の恩恵によって、水を吸い込んでいる。それは、エホバ・あなたの神が顧みておられる地である.年の初めから年の終わりまで、エホバ・あなたの神の目が常にその上にある。

 わたしたちが実際的に良き地の実際としてのキリストに結び付けられ、彼の豊富を享受しているので(参照、8:7のフットノート1)、神の目は常にわたしたちの上にあり、わたしたちに神の臨在を享受させ、わたしたちを彼の顧みの対象とします。(申命記11:12フットノート1)

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