神は唯一ですから、割礼の者を信仰に基づいて義とし、また無割礼の者を、信仰を通して義とされる(174)

通して(διὰ<dia>)―ローマ3:30

【回復訳】 ローマ3:30 神は唯一ですから、割礼の者を信仰に基づいて義とし、また無割礼の者を、信仰を通して義とされるのです。

その他の翻訳は「dia」を「によって」「のゆえに」などと訳しています。日本語訳聖書の比較はこちらのサイトから参照いただけます。

ギリシャ語

εἴπερ εἷς ὁ Θεός, ὃς δικαιώσει περιτομὴν ἐκ πίστεως καὶ ἀκροβυστίαν διὰ τῆς πίστεως.(Nestle 1904)

Strong's Concordance
dia: through, on account of, because of
Original Word: διά
Part of Speech: Preposition
Transliteration: dia
Phonetic Spelling: (dee-ah')
Definition: through, on account of, because of
Usage: (a) gen: through, throughout, by the instrumentality of, (b) acc: through, on account of, by reason of, for the sake of, because of.

こちらのサイトを引用させて頂きました:Bible Hub

解説

『割礼の者、すなわち、神の民としての地位をすでに持っている者について、信仰は、神によって義とされるための源です。ですから、彼らが義とされるのは、信仰のゆえです。無割礼の者、すなわち、地位では遠く離れていて、神の民ではない者について、信仰は、神によって義とされ得る地位に達する道です。ですから、彼らが義とされるのは、信仰を通してです。』(回復訳聖書 ローマ3:30フットノート1)

補足

ひとりの神は二つの民を義とする

 神はひとりです。このひとりの神は、ユダヤ人と異邦人の両方を義とされます(3:30)。彼はユダヤ人と異邦人の両方の神です(3:29)。こう言うことによって、パウロはキリストのからだへの道を舗装しました。神の人々に対する取り扱いが、一つの群れと他の群れとで異なっているとしたら、からだの生活を持つことは難しいでしょう。しかしながら、神にはすべての民を取り扱う一つの道があって、このひとりの神と彼の一つの道が、異なる多くの民を一つにもたらします。ユダヤ人であれ異邦人であれ、わたしたちすべてを義とされるのはひとりの神です。わたしたちの間には多くのユダヤ人の兄弟姉妹がおり、神はわたしたち異邦人を義としたのと同じ方法で彼らを義とされました。ひとりの神はわたしたちすべてを義とされました。それは、わたしたちがキリストのからだとして一となるためです。

 神は割礼の者を信仰のゆえに義とし、無割礼の者を信仰を通して義とされます。前置詞に注意してください。ユダヤ人、割礼の者は信仰のゆえに義とされ、異邦人、無割礼の者は信仰を通して義とされました。これは何を意味するのでしょうか? ユダヤ人は神の御前に彼の民としての地位を持っています。彼らの不信仰と明らかな汚れにもかかわらず、ユダヤ人はなおも神の民としての地位を持っています。わたしたちはこれを認識し、どのようにユダヤ人に言及するかに注意しなければなりません。なぜなら、神は「彼らはわたしの民である」と言われるからです。神の民としての立場を持っていることは大きな違いを作り、わたしたちはそれを尊ばなければなりません。創世記第12章3節で、神はユダヤ人の父祖アプラハムに約束して、彼を祝福する者はみな神によって祝福され、彼をのろう者はみな神によってのろわれると言われました。神は創世記第12章3節を成就し続けられます。ユダヤ人にのろいの方法で触れる者はみな、のろわれるでしょう。過去25世紀間を通じて、例外はありませんでした。個人であれ国民であれ、ユダヤ人をのろった者はのろわれ、ユダヤ人を祝福した者はみな祝福されました。

 今日ユダヤ人は状態として神に対して正しくありませんが、地位的にはやはり神の民です。ローマ人への手紙の他の箇所でパウロは、神の選びは取り消されることはないと言っています(11:28-29)。ユダヤ人は神の選びであり、神の選びは永遠です。ユダヤ人が現在いかに不信仰であっても、地位的にはやはり神の民です。ですから、神はユダヤ人を義とする時、彼らを信仰を通してではなく、信仰のゆえに義とされます。なぜ信仰を通してではないのでしょうか? なぜなら、ユダヤ人はすでに地位を持っているからです。しかしながら、神は異邦人を義とする時、彼らは神から遠く離れているので、信仰を通して彼らを義としなければなりません。異邦人と神との間には大きな隔たりがあります。ユダヤ人、割礼の者は、すでに地位があるので、信仰のゆえに義とされます。異邦人は神から遠く離れているので、信仰を通して義とされるのです。異邦人が正しい地位に達するのは信仰を通してです。いずれの場合も信仰の事柄です。

 ひとりの神はわたしたちすべてを義とされます。ユダヤ人も異邦人も、ひとりの神の下、一つの道の中にあります。ローマ人への手紙第3章29節から30節のパウロの言葉は、第12章におけるキリストのからだへの道を備えます。ユダヤ人信者であれ異邦人信者であれ、わたしたちはキリストの中で、ひとりの神の一つのエコノミーの下で一つからだです。

(新約ライフスタディ ローマ人への手紙 第五編「神の道における義認」より抜粋)

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