命の中で(ἐν τῇ ζωῇ<en tē zōē>)―ローマ5:10
【回復訳】 ローマ5:10 というのは、わたしたちが敵であった時に、神の御子の死を通して神に和解させられたからには、和解させられている今、さらにいっそう彼の命の中で救われるからです.
岩波訳は「en tē zōē」を「生命のうちにあって」と訳しています。その他の聖書は「命によって」と訳しています。日本語訳聖書の比較はこちらのサイトから参照いただけます。
ギリシャ語
εἰ γὰρ ἐχθροὶ ὄντες κατηλλάγημεν τῷ Θεῷ διὰ τοῦ θανάτου τοῦ Υἱοῦ αὐτοῦ, πολλῷ μᾶλλον καταλλαγέντες σωθησόμεθα ἐν τῇ ζωῇ αὐτοῦ·(Nestle 1904)
Strong's Concordance
en: in, on, at, by, with
Original Word: ἐν
Part of Speech: Preposition
Transliteration: en
Phonetic Spelling: (en)
Definition: in, on, at, by, with
Usage: in, on, among.
Strong's Concordance
zóé: life
Original Word: ζωή, ῆς, ἡ
Part of Speech: Noun, Feminine
Transliteration: zóé
Phonetic Spelling: (dzo-ay')
Definition: life
Usage: life, both of physical (present) and of spiritual (particularly future) existence.
解説
『キリストの命の中で救われるとは、命としてのキリストご自身の中で救われることです。彼はわたしたちに内住されますから、わたしたちは彼と有機的に一です。キリストの命がわたしたちの中で成長することによって、わたしたちは彼の完全な救いを極みまで享受します。贖い、義認、和解は、わたしたちを彼との結合にもたらすためです。こうして、キリストはわたしたちを、彼の命の中で栄光化されるまで救うことができるのです(8:30)。』(回復訳聖書 ローマ5:10フットノート4)
『「命の中で」は復活を暗示します。この節の前半で死が語られた後、命が述べられています。キリストが死なれたのは、彼が復活の中でわたしたちの命となるためです。わたしたちはキリストの死によって、神の永遠の裁きと永遠の刑罰から救われましたが、キリストの復活の中で彼の命によって、なおも救われつつあります。ここの命、第1章16節の力、第8章のその霊は、手順を経た三一の神のさまざまな面を言っています。』(回復訳聖書 ローマ5:10フットノート5)
補足
キリストの命の中で救われる
このように神を享受する(来たるべき栄光の望みの中で神を享受する)時、わたしたちは彼の命の中で救われていきます(5:10)。「和解させられている今、彼の命の中で救われるのは、なおさらのことです」。わたしたちは日ごとに、多くの否定的なものから救われる必要があります。わたしたちは自分のかんしゃくや自己から救われる必要があります。苦難の中で神を享受する時、わたしたちは彼の命の中の救いを必要とします。わたしたちは彼の命の中でまといつく罪から救われる、すなわち、罪と死の法則から解放される必要があります。わたしたちは彼の命の中でこの世的になることから救われる、すなわち、聖別される必要があります。わたしたちは彼の命の中で自分の天然から救われる、すなわち、自分の天然の命から造り変えられる必要があります。わたしたちは彼の命の中で自己の様から救われる、すなわち、神の長子キリストのかたちに同形化される必要があります。わたしたちは彼の命の中で個人主義的であることから救われる、すなわち、他の人と共に一つからだへと建造される必要があります。これらはキリストの命の中の救いであり、続く各章で十分に定義されるでしょう。命の中のこのような救いが、わたしたちが神の中で持つ主要な享受です。
義認は、わたしたちを享受の領域へともたらしました。この領域にあって、わたしたちは恵みの中に立ち、平和の中を歩き、希望の中で苦しみ、わたしたちの患難の中で神を享受します。わたしたちは苦しみ、また享受している時、彼の命の中で救われていきます。これが義認の結果です。
(新約ライフスタディ ローマ人への手紙 第九編「義認の結果― キリストにある神の全き享受」より抜粋)