それは 実際の霊である…彼はあなたがたと共に住んでおり、またあなたがたの中におられるようになるからである:回復訳聖書と他の日本語訳との比較(114)

実際(ἀλήθεια<alétheia>)―ヨハネ14:17

【回復訳】 それは 実際の霊である.世の人はその方を受けることができない.それは、世の人が彼を見ないし、知りもしないからである.しかし、あなたがたは彼を知っている.彼はあなたがたと共に住んでおり、またあなたがたの中におられるようになるからである。

他の日本語訳聖書はここの「alétheia」を「真理」と訳しています。他の日本語訳聖書の比較はこちらのサイトから参照いただけます。

ギリシャ語

τὸ Πνεῦμα τῆς ἀληθείας, ὃ ὁ κόσμος οὐ δύναται λαβεῖν, ὅτι οὐ θεωρεῖ αὐτὸ οὐδὲ γινώσκει· ὑμεῖς γινώσκετε αὐτό, ὅτι παρ’ ὑμῖν μένει καὶ ἐν ὑμῖν ἔσται.(Nestle 1904)

Strong’s Concordance
alétheia: truth
Original Word: ἀλήθεια, ας, ἡ
Part of Speech: Noun, Feminine
Transliteration: alétheia
Phonetic Spelling: (al-ay’-thi-a)
Definition: truth
Usage: truth, but not merely truth as spoken; truth of idea, reality, sincerity, truth in the moral sphere, divine truth revealed to man, straightforwardness.

こちらのサイトを引用させて頂きました:Bible Hub

解説

『ここで約束されたその霊は、第7章39節で述べられました。この霊は命の霊であり(ローマ8:2)、主のこの約束は、主の復活の日に成就されました。その時、命の息としてのその霊は、弟子たちの中に吹き込まれました(20:22)。ここの主の約束は、ルカによる福音書第24章49節の力の霊に関する御父の約束とは異なります。その約束は、主の復活の五十日後、ペンテコステの日に成就されました。その時は、力ある風としてその霊が、弟子たちの上に吹きつけました(使徒2:1-4)。この節の命の霊は、「実際の霊」と呼ばれています。この実際の霊はキリストです(6節)。ですから、実際の霊はキリストの霊です(ローマ8:9)。この霊はキリストの実際であって(Ⅰヨハネ5:620)、キリストが命また命の供給として、彼の中へと信じる者たちの中で、実際化されることができるためです。』(ヨハネ14:17フットノート1

『この節の実際の霊である「彼」こそ、18節の主ご自身である「わたし」となられます。これは、肉体にあったキリストが、死と復活を経過して、命を与える霊、霊なるキリストと成られたことを意味します。コリント人への第一の手紙第15章45節は、これを確証します。この節は復活の事柄を取り扱って、「最後のアダム(肉体にあるキリスト)は命を与える霊と成った」と言っています。』(ヨハネ14:17フットノート2

『内住するその霊の約束が啓示されたのは、これが最初です。この約束は書簡の中で成就され、完全に発展しています。Ⅰコリント第6章19節ローマ第8章9、11節を参照。』(ヨハネ14:17フットノート3

補足

Iヨハネ1:6 もし、わたしたちが神と交わりを持っていると言いながら、暗やみの中を歩いているなら、わたしたちは偽っているのであって、真理を実行していません.

この節の「真理」のギリシャ語(alétheia)は、「実際」(虚栄と反対の意味)、「確実」、「純正」、「真実」、「誠実」。これはヨハネ特有の特徴的な言葉で、新約聖書の深遠な言葉の一つです。それは、神聖な啓示の内容である神聖なエコノミーのすべての実際を示し、聖なる言によって伝達され、明らかにされており、それは下記のようなものです。


 (1) 神。彼は光と愛でもあり、肉体と成り神聖な事柄の実際となられました。神聖な事柄とは、神聖な命、神聖な性質、神聖な力、神聖な栄光などです。これらはみな、わたしたちの所有となり、その結果わたしたちは神を恵みとして享受することができます。それは、ヨハネによる福音書に啓示されているようにです(ヨハネ1:1414-17)。
 (2) キリスト。彼は肉体と成った神であり、彼の中には神たる方の全豊満が肉体のかたちをもって住んでいます(コロサイ2:9)。彼は以下のものの実際です。(a)神と人(ヨハネ1:1851Ⅰテモテ2:5)。(b)旧約のすべての予表、型、影(コロサイ2:16-17.ヨハネ4:2324とノート4、5)。(c)すべての神聖で霊的な事柄、すなわち、神聖な命と復活(ヨハネ11:2514:6)、神聖な光(ヨハネ8:129:5)、神聖な道(ヨハネ14:6)、知恵、義、聖別、贖い(Ⅰコリント1:30)など。ですから、キリストは実際です(ヨハネ14:6エペソ4:21)。
 (3) その霊。その霊は変貌したキリストであり(Ⅰコリント15:45後半Ⅱコリント3:17)、キリストの実際(ヨハネ14:16-17.15:26)、神聖な啓示の実際です(ヨハネ16:13-15)。ですから、その霊は実際です(5:6)。
 (4) 神の言。それは神聖な啓示であり、神とキリストの実際とすべての神聖で霊的な事柄の実際を啓示し、伝達します。ですから、神の言も実際です(ヨハネ17:17とノート3)。
 (5) その信仰(信じること)の内容。それは、わたしたちが信じているものの実質的要素であり、全き福音の実際となったものです(エペソ1:13コロサイ1:5)。これは新約の全体で啓示されています(Ⅱコリント4:213:8ガラテヤ5:7Ⅰテモテ1:1とノート1、第1、2点.2:4とノート22:7後半.3:15とノート54:36:5Ⅱテモテ2:1518253:7-8.4:4テトス1:114Ⅱテサロニケ2:1012ヘブル10:26ヤコブ5:19Ⅰペテロ1:22Ⅱペテロ1:12)。
 (6) 神、宇宙、人、人と神との関係、人の互いの関係、神に対する人の責任に関する実際。これは、創造と聖書を通して啓示されています(ローマ1:18-20.2:2820)。
 (7) 真実、信用、誠実、正直、信頼、信実。これらは神に関しては神聖な美徳であり(ローマ3:715:8)、人に関しては人性の美徳であり(マルコ12:14Ⅱコリント11:10.ピリピ1:18.Ⅰヨハネ3:18)、神聖な実際の結果です(ヨハネ4:23-24.Ⅱヨハネ1節前半.Ⅲヨハネ1節)。
 (8) 実在、あるいは現実である事柄。それは、出来事(事実)の、実際の、現実の状態、実際、誠実であり、虚偽、欺まん、偽装、偽善、誤びゅうの反対です(マルコ5:3312:32ルカ4:25ヨハネ16:7使徒4:2710:3426:25ローマ1:259:1Ⅱコリント6:77:1412:6コロサイ1:6Ⅰテモテ2:7前半)。

 以上、列記した八つの要点のうち、最初の五つは本質的に同じ実際を言っています。神、キリスト、その霊―神聖な三一は、本質的に一です。ですから、これらの三は、神聖な実際の実体の基本的要素であり、一つの実際です。この一つの神聖な実際は、神聖な啓示としての神の言の実体です。ですから、それは神聖な言の中で啓示された神聖な実際となり、神聖な言を実際にします。神聖な言は、この一つの神聖な実際を、その信仰の内容として伝達します。その信仰の内容は、新約全体の中にその実際として啓示された福音の実体です。この実際は、神聖な三一の神聖な実際です。わたしたちがこの神聖な実際にあずかり享受する時、それはわたしたちの真実、誠実、正直、信頼となります。これらは、わたしたちの振る舞いにおける卓越した美徳です。神聖な実際がわたしたちの美徳となった結果、わたしたちは実際の神によって生き、彼を表現することができます。そして、何の虚偽や偽善もなく、創造と聖書を通して啓示された真理と一致する命、真理の命を生きる者となります。
 「真理」という言葉は、新約では百回以上使われています。それぞれの場合の意味は、文脈によって判断されます。例えば、ヨハネによる福音書第3章21節では、文脈によれば、正しさ(邪悪の反対―ヨハネ3:19-20)を示します。それは、神にしたがって神の中で生きる人において現される実際です。それはまたキリストにおいて現された、真理の源である神聖な光、すなわち神と一致します。ヨハネによる福音書第4章23節から24節では、この章の文脈とヨハネによる福音書の啓示全体によれば、神の真の礼拝への人の真実と誠実(不道徳なサマリアの礼拝者の偽善と反対―ヨハネ4:16-18)となる神聖な実際を示します。神聖な実際はキリストです。キリストは実際であり(ヨハネ14:6)、神への礼拝のための旧約のすべてのささげ物の実際であり(ヨハネ1:293:14)、生ける水の泉、命を与える霊であり(ヨハネ4:7-15)、彼の信者たちにあずからせ飲ませて、彼らの内側で実際となり、最終的に彼らの真実と誠実となり、その中で彼らは、神が求められる礼拝をもって神を礼拝します。ヨハネによる福音書第5章33節第18章37節で、この福音書全体の啓示によれば、「真理」は神の御子キリストの中に具体化され、啓示され、表現された神聖な実際を示します。ヨハネによる福音書第8章32節40節44節から46節で、この章の文脈によれば、それは神の言の中に啓示された神の実際(ヨハネ8:47)、神の御子キリストの中に具体化された神の実際(ヨハネ8:36)を示します。この実際は、わたしたちを罪の束縛から解放します(参照、ヨハネ8:32のノート1)。
 ここの6節では、「真理」は神聖な光のこの面で啓示された神の実際を示します。それは5節の神聖な光から出て来たもの、その実際化です。神聖な光は神における源です。真理はわたしたちの中の神聖な光から出て来たもの、実際化です(参照、4:8のノート2.比較、ヨハネ3:19-21)。わたしたちは、神聖な命の交わりの中で享受する神聖な光の中に住む時、その真理―神聖な光の中でわたしたちが認識したものを実行します。わたしたちがその源に住む時、その結果はわたしたちの実行となります。

Iヨハネ1:6フットノート6

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