信者と聖書との関係:「わたしの心を傾けさせ」(詩119:36、参照、112節)

詩篇119:32 わたしはあなたの戒めの道を走ります.あなたがわたしの心を広げてくださるからです。
詩篇119:112 わたしは心を傾けて、永遠に、最後まで、あなたのおきてを行ないます。

 わたしたちは、わたしたちの心を聖書に向かって傾けさせなければなりません。もしわたしたちが目を用いて聖書を読むだけで、読むときにわたしたちの心が聖書に傾いていないなら、聖書を理解するのは難しいでしょう。多くの兄弟姉妹は心を傾けないで聖書を読みます。そうではなく、彼らの心は学校の本、その日の活動に対して、仕事や経営に対して、家事や家族に対して傾けられています。ですから、わたしたちは主がわたしたちの心を空にし、それによって聖書の言葉に対して心が傾くように祈るべきです。

信者と聖書との関係:「学ぶ」(詩119:73、71)

詩篇119:73 あなたの御手がわたしを造り、わたしを形づくりました.わたしに理解力を与えて、あなたの戒めを学ばせてください。
詩篇119:71 苦しめられたのは、わたしにとって良いことでした.それは、わたしがあなたのおきてを学ぶためでした。

 単にわたしたちの心を聖書に傾けるだけでは十分ではありません。わたしたちはまた学ばなければなりません。もしわたしたちが傾けるだけなら、理解することはできません。わたしたちは把握するために学ばなければなりません。学ぶことは勤勉さを必要とします。わたしたちは単に「本を学ぶ」べきではありません。わたしたちはまた出来事から、生活から学ぶ必要があります。わたしたちは単に自分の考えを用いるべきではありません。わたしたちは出来事と生活を用いなければなりません。ときには、わたしたちは聖書のある箇所を学ぶ前に、苦しまなければなりません。ですから、詩篇の作者は言います、「苦しめられたのは、わたしにとって良いことでした。それは、わたしがあなたのおきて〔神の言〕を学ぶためでした」(71節)。もしわたしたちが聖書を学んで知りたいなら、理解力、あるいは理解する能力も必要とします。これはわたしたちを造られた神だけが与えることができるものです。こういうわけで、わたしたちは理解力を与えてくださるよう神に求めなければなりません。それは、わたしたちが神の奥義的な言、このすばらしい聖書を学んで知るために、把握する十分な能力を持つことができるためです。

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