信者と聖書との関係: 「曲解」しない(Ⅱペテロ3:16)
Ⅱペテロ3:16 また、彼のすべての手紙の中でも、これらの事柄について語っているとおりです.その中には、理解し難い事柄もいくつかあり、学びのない者や心の定まっていない者たちは、聖書の他の部分についてもしているように、曲解して、自ら破壊に至っています。
わたしたちは聖書の中の真理を曲解してはなりません。曲解することはたいてい、理解するのが難しい箇所に関して起こります。わたしたちは聖書の中の難解な箇所に来るとき、曲解すべきではありません。もしわたしたちが理解していないなら、無理に説明すべきではありません。わたしたちは理解するまで待つべきです。そうすれば自然にわたしたちは明確な方法で説明することができます。曲解することは不自然な方法で説明すること、あるいは無理に説明を与えることです。わたしたちは聖書のどの箇所をも無理に説明したり、不自然な方法でそれを説明しようとしたりすべきではありません。曲解することは他の人たちを損ない、またわたしたちに損失を被らせます。聖書を曲解する人たちはそのように行なって自ら破壊に至っています。
信者と聖書との関係:「混ぜ物をせず」(Ⅱコリント4:2)
Ⅱコリント4:2 かえって恥ずべき隠れた事柄を捨て去り、悪巧みに歩まず、神の言に混ぜ物をせず、真理を表明することによって、神の御前で、すべての人の良心に、わたしたち自身を推薦するのです。
わたしたちは聖書の言葉に混ぜ物をすべきではありません。言葉に混ぜ物をすることは、単に愚かに、間違って、不正確に、不適切に説明するだけでなく、言葉を真実にではなく、あるいは偽って説明して人々を欺くことです。わたしたちは決してこのことを行なうべきではありません。わたしたちが聖書のどの箇所でも説明するなら、わたしたちはそれを正確に真実に説明すべきです。わたしたちは聖書の言葉を正確に真実に説明するために、ある箇所を文脈から取り出してはなりません。わたしたちは前後に何が来ているかを見なければなりません。わたしたちはその書全体を考慮しなければなりません。時にはわたしたちは一つの節、あるいは一つの箇所を理解するために聖書全体が言っていることを考慮しなければなりません。かつてある兄弟は、わたしたちは一つの節を説明するために全聖書を必要とすると言いました。この声明は真に真実です。どうかわたしたちが決してそれを忘れることがありませんように。