わたしたちは聖書の言葉を心に蓄えるべきであって、問題や 困難に遭遇する時だけ聖書の適用できる言葉を探すべきではない「食べました」「わたしは心にあなたの言葉を蓄え」:聖書の重要な真理【聖書を読む】(27)

信者と聖書との関係: 「食べました」(エレミヤ15:16)

エレミヤ15:16 あなたの言葉が見いだされて、わたしはそれを食べました.あなたの言葉はわたしにとって、心の楽しみ、また喜びとなりました.エホバ、万軍の神よ、まことに、わたしは、あなたの御名によって呼ばれているのです。

 わたしたちがいったん聖書の言葉を得ると、それを食べ、それをわたしたちの中へと受け入れるべきです。それはわたしたちが内側で消化し、わたしたちの霊的な命に供給することができるためです。これは、わたしたちの霊を用いて聖書の言葉をわたしたちの霊の中へと受け入れること(言葉を霊を用いて消化し吸収すること)を指しているのであって、わたしたちの思いを用いて言葉を思いの中へと受け入れること(勉学のように学び同意すること)ではありません。

信者と聖書との関係:「わたしは心にあなたの言葉を蓄え」(詩119:11、参照、98節)

詩篇119:11 わたしは心にあなたの言葉を蓄えて、あなたに罪を犯さないようにしました。
詩篇119:98 あなたの戒めは、わたしの敵どもよりもわたしを賢くします.それは常にわたしと共にあるからです。

 わたしたちは聖書の言葉を心に蓄えるべきです。それはいつでも、どこでも言葉を適用することができるためです。わたしたちの心は聖書の言葉を蓄えて、予期しない必要のためにわたしたちを備えるべきです。わたしたちは勤勉に聖書の言葉を心に蓄えるべきであって、問題や困難に遭遇する時だけ聖書の適用できる言葉を探すべきではありません。そのような時に聖書に行くのは、二次的な解決にすぎません。最上の解決はわたしたちの心に聖書の言葉を蓄えることです。それはわたしたちが特別な必要に遭遇するときに、直ちに言葉を適用することができるためです。聖書はわたしたちの手にあるだけでなく、心にもあるべきです。わたしたちが心に聖書の言葉を持っているとき、たとえわたしたちの手に聖書を持っていなくても、それをどのような状況にも適用することができます。これは正常なことです。

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